(アイキャッチ画像:Hideyoshi Ogata氏による撮影。撮ってもらって本当に良かった!ありがとう。)

セルフイメージとか、潜在意識とか、マインドセットとか。

心の底で何を信じているのか、どんな思い込みがあるのか、何をどんな風に捉えているのかっていう部分が「自分とは何か」を決めている。

そこから健康、生活、仕事、人間関係、お金など、自分の構成要素が色々変わってくるよ、っていうことはなんども聞いていたし、実際にその通りだと思う。

ここ最近ずっと不思議だったのは、心理カウンセリングや各種のセミナーなど、精神的なアプローチを何年もかけてやってきたし、行動という点でも様々なチャレンジを果たしてきた。

それなのに、自分の人生が変わったという実感があまり持てないのはなぜなんだろう、ってことだった。

実際、仕事も暮らし方も人間関係も、前と比べて全然違うものになっているし、これまでに触れた学びや取り組みはどれも最高峰、最先端の素晴らしいプログラムだった。

メンターや仲間にも、これでもかというくらい恵まれている。

仕事という点でも、ありがたいことに様々なチャンスをいただけるようになったし、貢献できているという感覚だってちゃんと得られている。

お金にしても、必要ならまた働きに出ればいいし、稼ぐ手段をなんでも試してみたらいいって、少なくとも今は楽観的に構えていられる。

それなのに、なぜかイマイチ手応えを感じられていない自分。

わかる限り書いてみると

「日常的に感じている気持ちの部分が変わっていない。」

「自分の生活や自身に対してこれでいいという安心感や実感が薄いと感じる。」

日常的に感じられる安心感、満足感、充実感、そして「これでいい」という肯定感ようなものが、もっと欲しいというのかなぁ。

24時間苦しんでるわけじゃないし、喜びや充実感だって感じるけれど。

と、こういうことをいろいろ考えてみて、あらためてセルフイメージを整えることを最優先にしたほうがいいんじゃないかって。

「わたしはわたしのままでいいんだ。これで大丈夫だ。」っていう安心感の土台。

「わたしは幸せになっていいんだ!」という確信、もしくは許しかな。

不安、恐怖、寂しさ、悲しみ、傷つき「こんな弱い自分いらない、邪魔だから」って切り捨てたり(まさに自己否定)

「これ以上傷ついて悲しんだり苦しんだりしたくない」と、痛みを麻痺させて感じないようにしたり、人を遠ざけたりする癖(はい、回避依存症の女)。

さらには「わたしだけ楽して恵まれて幸せなんてダメに決まってる」という、こびりついた罪悪感(そして幸せや喜びも投げ捨てる)。

良かれとやってきたことだってわかってはいるけれど。

元は愛情や優しさだったのかもしれないけれど。

そんな自分を受け入れて認めたり、不必要な思い込みを解いたり、そのメリットを捨てて自己防衛をやめていく、が課題のような気がする。

結局、本来の自分を生きる、ということに尽きるよね。

そうそう、「人に助けを求められない」とか「人はわたしを助けてくれない」っていう思い込みは、実は大きな問題じゃなかったかも。

よく振り返れば、わたしはいつだってあらゆる人に助けてもらっていた。

そりゃそーだ!ちゃんと見ろ!!このばかもの!!!って、叱咤激励?したくなるね。

ちゃんと手が差し伸べられていたんだって気がついた。

恵まれてるよね。

ありがとう。

・・・

セルフイメージは、あえて整えるって書いた。

変えるのでも上げるのでもなく。

自分らしく整える。

ベストな状態に。

というわけで、こちらもチャレンジだね!

まるで今まで何一つ知らなかったかのように、まるで今日はじめて心の世界に触れたかのように、新鮮な視点で取り組みたい。

何かあったらまた書こう。

それでは。